こないだ、思ったこと(死のうとした人を見てて)(勝手な思いだけれど、有難う)

※後日追記
このかたは、その後、縄を捨ててくれたみたいで、いまも時々ついったでお見かけするので、ほっとしております。
あ、いま「捨ててくれた」って書いたけど、私が捨ててもらったとかじゃなく全くもって何もお力になれなくただただ、ついーとをフォロワーとしてただ、
見ていただけでした。
警察に通報したのも、私じゃありません。

(鍵あかの人のことだから探さないでね)




これは最近の出来事なのだけれど。

これから逝きますというついーとを目の当たりにしていたことが
あった。

私はそのひとの本当の苦しみを何も知らない。生きたくなさの本当を知らない。

私は、自分の、
自分だけの生きたくなさというか、
人生のリセットしたさ、
だけどほんとうは死にたくなさ、
死への恐怖、
死なないでなんとかかんとか死んだことにしたさ、
そんなこともあったけれど今はその死にたさがなくなって生きたさに変わっていったこと、
死にたかったと思わせた事項が自分にとって今はそうではなくなったこと、
などなどの、私だけにしか分からない記憶、しか
持っていない。

それは他人には当てはまらない。私のケースでしかない。
でも
いま(数日前)その人が、まさに逝こうとしていた、
実況中継的なついーとを泣きながらどうすることもできずに読み
そして思いとどまってくれて
そのあとも思いを言葉にしてくれているのをみて
その言葉はもしかしたら永久に読めなかったかもしれないのを思って
嗚咽が止まらずにいて、
顔も本名も知らないその人が言葉の形で何故いま私の目の前に居てくれるのだろう、それはこのあと私を介して誰にその影響が波及するのだろう、
娘にか、息子にか、もっと違う誰かにか、
私はこの出来事を一生忘れないだろう、
その人の知らないところで私という人間はこのことを勝手に一生忘れないだろう、
人間ってなんて特殊な生き物なのだろうと
万感、思いめぐらしているうちに鳥肌が立ってしまった。

これを一言で言うと
「有難う」でしかない。